寒山拾得

「 昔、中国の山の中に寒山と拾得という、汚い二人の中年男が住んでいた。腹が減ると、近くの寺へ食い物をあさりにやって来る。着物を着た猿のようでもあり、いい年をして、積んだ年齢が意味をなさない子供のような騒ぎ方をするから、寺の僧達もいい気はしない。「今度来たらとっちめてやろう」と思っているところへ、もう一人変人がやって来た。豊干和尚というれっきとした出家者だが、虎を連れている。虎に乗って放浪生活を続けているという変わり者で、しかも名僧だという。「和尚はいいが、虎の方がどうにも剣呑だ」と僧達が言うのは、和尚の方も剣呑だからである。
 その豊干和尚が、寒山と拾得を言う。
「あいつらは俺が育てたんだ。出来はたいしたもんよ」
 まともな人間がまともな人間を評して「まとも」だと言うのならうなずきやすいが、あまりまともとは思えない人間が明らかにまともとは思えない人間を指して「まともだ」と言っても、にわかには呑み込みにくい。豊干和尚の名声が高いということが、なんとなく癪にさわる。「育てたなら育てたで、もう少しましな育て方もあったろうに」と、食い物を荒らされる食堂の番僧は思う。「子供でもない、小汚い髭面をつかまえて、”育てた”もないだろう」と、修行の邪魔をされる僧達は思う。袖を翻し森の中をももんがあのように走り回る怪人二人に、「寒山」「拾得」などという名前があることすら訝しいが、一体その二人がいくつなのか、誰にも分からない。一度、その小汚い片割れが板切れに向かってなにかをやっていた。去った後で見ると、板切れの上には、消炭で書かれた五言絶句があった。詩が書ければ一級の知識人ということになっている、しかもひらがなという文字のない国の僧達は、「あんな小汚い化け物みたいな子供ジジーに、そんな才能があるはずはない」と思うのだが、寒山と拾得は一級の知識人だったのだ。
「詩禅一如とはあのような境地を言う」と、豊干和尚は言うが、してみると「詩禅一如」とは痴けになることなのか。
「その通り。生半の学を志す者は、なかなか痴にもなれん」と言って、豊干和尚は虎に乗って去って行った。まともな人間にまともなことを言われれば素直に耳も傾けられるが、まともを大いに逸脱した人間から奇矯な真実を告げられても耳を疑うばかりである。
 そのごも寒山と拾得は寺にやって来て、勝手に騒いで遊んでいた。その二人のことを深く考えると頭の中がかゆくなるから、寺の僧達は、二人を文殊菩薩と普賢菩薩の生まれ変わりということにしてしまった。関係ないものには「関係ない」という位置付けも必要だということである。」

「寒山拾得」と云えば禅画の画題としても有名な中国の謎の怪僧コンビだ。

豊干・寒山・拾得の作とされる漢詩が数百首残っているが三人が実在した証拠はない。伝説と詩だけ残って昔の教養人は彼らに憧れた。何に憧れたのだろう。博識教養を持って浮世を解脱する仙人じみた隠遁生活?それはそうなんだろうけど、寒山拾得話の一番の魅了は彼らがコンビだということだ。多分寒山拾得は実在しない。昔々山の中に幸福な「小汚い化け物みたいな子供ジジー」のコンビは確かにいて、その様子を見て「いいなあ~」と思ったインテリ坊主が誰ともなく話を語り継いでいるうちに、「もっとこんな話にしようぜ」というノリで二人に漢詩など読ませるようになったというのが真相だと僕は勝手に思う。

まあ教養のある御仁たちは漢詩をちゃんと詠んで、シングルモルトウイスキーでもちびちびやりながら遥か古の中国の竹林に想いを馳せるのも良かろうけれど(そういう方はこちらを参照。松岡先生の文章が素晴らしいです)、詩など分からなくたって絵の中の二人の奇怪な微笑みを見ているだけで充分心が踊る。沢木耕太郎風に云うならそれはハードボイルドである。男が分かり合える男に出会う物語。男のためのシンデレラストーリーがそこに描かれている。

 しかし昨今はそれが「男」である必要はちっともなくて、今回こんなことを僕が書いてるのはラジオでおすぎとピーコの番組を聴いていてふと寒山拾得を思い出したからだ。この二人は福岡のローカルラジオで土曜日に番組を持ってる。これがいい加減で結構面白い。僕が学生の頃はおすぎお墨付きの映画を観るのはやめとけと云われたものだが、その映画批評も最近では言葉が出てこずに間が空いたり、俳優の名前や固有名詞が思い出せなかったりして語りに真実味と味がある。二人寄ると毒舌も爽やかで、「AIにオッケーなんとかとか話しかけてるの見てると気持ち悪い」とか「あれだけのことやってても安倍の支持率が下がらないなんて日本人はバカだ」とか、「もう来世は日本人は嫌ね」とか、大した毒ではなくてももうラジオやテレビでは聞かれなくなってしまったようなセリフをどしどし吐く。野球選手に囲まれてペタペタ体を触ったりして脂下がっている様子も気持ち悪いと云うよりはもはや微笑ましい。妖怪じみた境地に、二人寄って寒山拾得に向かっている風がして面白い。ついでに叶姉妹にも寒山拾得の香りがします。

「寒山拾得」の小説なら森鴎外芥川龍之介と井伏鱒二の作品がある。どれも短編で面白い。冒頭のちょっと変則的な寒山拾得話は去年亡くなった橋本治の短編『寒山拾得』に寄るもので、この後は軽井沢でペンションを営む年の離れたゲイカップルの話になる。橋本治の短編作品はすべてが面白いわけではなかった。そんな一つひとつの作品の完成度なんてどうでも良くて、現代に生きる普通の人々の様々な生活と歴史と感情をすべてシラミ潰しにして行こうとしているような、橋本治ならではの途方もない心意気と優しさが感じられる作品群だった。
 橋本治といえば、僕のような団塊ジュニア世代の中位の本読みたちにとっては、村上春樹と沢木耕太郎と並ぶ団塊の世代のスターだった。そして、そのふざけた文体とは裏腹に同世代の誰よりも孤高の存在だった。雑誌「群像」に載せた絶筆の中にこんなくだりがある。

「 平成二年になって、私が事務所として借りていたマンションのオーナーがやって来て、「この部屋を買って欲しい」と言った。<中略>なんで中古の半地下のマンションの一室がそんなに高いのかというと、その頃近くに都庁が引っ越して来たからで、それで土地の相場が上がった。典型的なバブル現象で、オーナーの連れて来る銀行は、既に「坪六百万」査定をしている。<中略>結局私はその物件を買ったのだが、なぜ買ったのか?「買いさえすればいずれ値上がりする」と云うような理由ではない。<中略>第一には「そんなローン、俺に払い続けられるんだろうか?」という疑問のため。<中略>それまで私は「貧乏」というものを経験していない。昭和の終わり近くにはそこそこの金も持っていた。私は「もう金はそんなにいらない。あり過ぎると使い道に困るから」と思っていた。ところが外界ではバブルの風が気持ち悪く吹いている。平成になって二年目の私は、「このままでいいはずがない」と思っていて、「この先は貧乏だな」と思い、自分が貧乏になる決断をした。<中略>私にすれば、経済に関する本を読んだって、経済のことなんか分からない。経済をわかるためには、経済の中に入って経済と関わりを持たなければならない。そういう私の前にやって来たのが、「一億八千万でバブル経済に参加しましょう」だった。それで私はバカげた取引に班を押した。 」

 今という野暮な世の中でこんなことを云ってのける人はそうそういるもんじゃない。断言してもいいけど、こんな理由であのバブル期に不動産を買った人間は世界広しといえども橋本治以外にはいないだろう。橋本治ほど孤独で、また、人を強く求めた作家も珍しいんじゃないだろうか。ずっと書き続けていて欲しかった。というか妖怪になってもずっと生きていて欲しかった。

 以下に今回作品を読み返して見て面白かった部分を引用する。

「 分かるということは、いつも過去形でしかやってこない。
「ああ、そうだったのか」
 それが全部過去形になった時、分かったというサインがつく。
 すべてが過去形になる時。それは未来。
 分かるということは、いつだって未来でしか起こらない。
 未来に過去があるんだ! 」

「 なにかできる人間がなんにもしなかったら、そのことでその人間は責められなくちゃいけないと思う(多分)。でも、なにかをするってことが頭にない人間がなんにもしなかったら、それはそれでしょうがないことだと思う。はっきり言って、それはあんまり面白くないことだけど。 」

「 おじさんは、”探偵”を呼んだ。そして、呼ばれて、そこに”探偵”はやって来た。そしてー少し言いづらいんですけど、でもやっぱり重要なことですから、はっきり言いますーもし、そこにやって来た探偵が、極めて魅力的な青年だったらー。
 僕のことです。勿論、僕とおじさんの間にヘンなことがあったっていう訳でもありません。僕、別に自分が魅力的な人間だとは思ってません。思ってませんけど、僕が思う自分と、他人が思う自分とは、やっぱりどこかで違うと思うんです。<中略>
 やっぱり僕って、魅力があるんです。自分じゃどこに魅力があるのかはよく分んないけど、でも、他人が自分のどこを見てるかは、よく分んないから、魅力ってあるんだってことに、決めたんです。
 魅力があるってことは、他人がいいところを見てくれるってことでしょう?
 他人にはそう見えてて、そして自分だって、他人がそう見てくれてるんだってところ知って、それでわりと、人間って無意識の内にそういうところに寄っかかって生きてったりはする訳でしょう?だったら、自分の魅力を認めなきゃ、ずるいんじゃないかって、僕、そう思うんです。 」

「 私にしてみれば、美術史というものは、どうしても「漢意(からごころ)」の流れだ。人というものは、どうしても自分の生活の外にある「観念」というものを目指してしまう。文化とは、だから往往にして埒もない「憧れ」の集成だ。それでもよいのではないかと、私は思う。と同時に、そんな人間達が拒絶する「現実」のなかにも、結構埒のない「童心」は隠れていると思う。
 観念は結構美しく、現実は結構楽しい。その二つのことが同時にないと、やはりおもしろくない。「そうではなかろうか?」と問いかけているのが、この埴輪という、美術史以前の「幸福な表現」なのではなかろうか。 」

「 でも、「一番必要なのは”空気”です」って言われたら、”空気”を作らなきゃならない。どういう”空気”だって人間のやることだったら、作り出せるものはこんなに作れるって思う。誰かがバカになれば”空気”っていうのは作れるし、また、そういう風にやんなきゃ”空気”なんていうものは生まれないって思う。ズッーと考えてたんだけど、世の中なんてなかなか変らないけど、でも、世の中を支えてる常識だったら一瞬にして変わる。そして常識だったら一人の人間が変えて変えられないことってないんだって、そう思う。「空気です」って言われたら、絶対に意地になっても、それ作っちゃうのが若いもんの務めだと思うから、やっちゃうんだ。 」

「 仮名文字というものを発明して、筆の緩急自在を競うような書を持ってしまった日本人にとって、一番親しみにくいものは、なんのヘンテツもない、ただ礼儀正しいだけの顔をした楷書なのかもしれないが、しかし、そういう厳粛の中にだって、ちゃんと「個性」というものだってある。
「個性」というものは、窮屈な法則性から自由になってしまったもの、そこから逃げ出してしまったものだという風に、うっかりすると考えられてしまうが、しかしきちんと法則性に合致している、「規矩に適った個性」というものだってある。つまりそれは、「それでも私は人間である」と言うような個性だ。<法隆寺金堂旧壁画>を構成する「鉄線猫」はそういう「個性」の持ち主達によって描かれたものだと、私は思う。
 描き手の余分な自己主張を排除して、均一の描線を描き続ける。そうであっって、しかしその描線には窮屈さがない。のびのびと豊かで、「余分な自己主張を捨ててこそ、豊麗な世界は姿を表す」とでも言っているような画面。それを描き出す線は、本当に素晴らしい。 」

「 国宝<源氏物語絵巻>の中に描かれるものは、「豪華な王朝世界の美」ではない。ここに描かれているものは、「人間世界の分かりにくさ」だ ー つまり「恋という”無慈悲な美しさ”を存在させてしまう、人間世界の分かりにくさ」。
 これは、単純な”美”ではない。国宝<源氏物語絵巻>に”誤解”があるのだとしたら、それだろう。別にこの絵巻物は、「一目見て”美しい”と思えなくてもかまわない」のだ。つまり、源氏物語を」「美しいもの」だと思ってしまったことが、後の人間の最大の錯覚なのだ。これは、「生臭くて無慈悲な物語」である。国宝<源氏物語絵巻>は、そのことを、ちゃんと描いているー豪華と優美を絵の具にして。 」

「 鎌倉時代を見たかったら、そこに鎌倉時代があるようなつもりになって見ることだ。別に鎌倉時代だけではない。平安時代だって、江戸時代だって。
”見る”ということは、ある意味で、”それを見ながら、見るべきものを再創造していく作業”だ。だから人は、色々な時に色々な見方をする。人に教えられて、今までとはまったく違った見方をしてしまうようになる。”見る”ということは”発見する”ということで、”発見”とは、”そこにないものを探し出すこと”ーつまり”創造すること”なのだ。 」

 なに?わけがわからん?もうこれくらいにしとこう。最後に。

「 私には「自分とは現実の中に生きている夢だ!」っていうプライドがある。 」

R.I.P.

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Posted by aozame