ある死ーone death

2020年3月12日

 大抵の死なら厳しい。
 才能溢れる人や優秀な人にも増して普通の人なら尚更その「厳しさ」から逃れることは難しい。
「そして 古い仲間は残り少なになった/噂をきくとよほど前に奴は死んだと言ふ/だがその噂をきけない程、隔たった奴もいる/香華をあげるって?冗談じゃない/俺だったら、怒るにちがいない/死んだら忘れてもらいたいものだ/淋しくないかって?それも飛んでもない/生きている時だっていつも独りで、/不自由なおもひをしたことはない。」なんて金子光晴は云ったものだけど、どっこいそんな死に方はなかなかできない。人間は死ぬと死んだというそのことだけでちょっとしたスターになる。身近な人でも面識のない人でも誰もが死者を悼み赦す。なにしろそいつらは死んでしまったのだから。死んでしまった人間に拒否権はなくて、人の死は、それが革命家であっても殺人者であっても痴漢であっても近所の博打好きのおじさんであっても大抵の場合厳粛なものだ。

  人は
  死ぬからえらい
  どの人も
  死ぬからえらい。

  わたしは
  生きているので
  これまでに
  死んだ人たちを
  たたえる。

  さらに遠く
  頂点は
  あるらしいけれど
  その姿は
  見えない。

     『悼詞』鶴見俊輔

 それでも稀に、そんな凡庸な死たちとは確実に異なる死に様があって、それに出会うとなんとも云い様のない気持に襲われる。例えば、酒を呑んで泳いだ挙句海で溺死したたこ八郎。例えば、ファンタジー号でアメリカを目指して太平洋に消えた風船おじさん。どちらの死に様もその生き様と相俟って「厳しさ(いかめしさ)」の入りこめないような哀愁とユーモアを湛えて余りない。誰にもどんな後ろ髪も尻尾も掴ませないような死。あるいは、「バカな奴」の一言でかたずけて屑かごに放りこんですぐに忘れてしまうこともできるかもしれない死。赤塚不二夫に云わせれば「妖精の死」。去年も一つそんな死があった。
 去年の10月、初冠雪後間もない富士山山頂付近で自撮動画を生配信中に滑落死した男の話を聞いた時、その前年にエベレストで死んだ栗城史多を思い出した。栗城氏については、世界の高峰に単独無酸素で挑む姿をインターネット生中継する登山家ということしか知らない。名前も知らなかったが、ず~っと前にTVのドキュメンタリーで観た姿がなぜか頭に残っていて、若い登山家がエベレスト下山中に死亡したという記事を読んだ時、ああ、あん時観たあいつのことかとすぐに合点がいった。栗城氏の死にはすんなり飲みこめないものがあった。「あれは自殺とどこが違うんだろう?」というような疑問や何かを父親にぶつけていると、「彼は冒険家なんだから登山中に死ぬのは不思議でもなんでもないじゃないか」とあっさり云われて、なるほど、と妙に腑に落ちたことがある。ただ今回よくよく話を聞いてみると、富士山滑落男と栗城氏は登山の自撮動画を生配信していたこと以外には似ても似つかない二人であり、いかなる意味においても彼らを同列に扱うことは双方に対して失礼であることがわかるのである。
 クローズアップ現代「なぜ男は冬富士に向かったのか?~ネット生配信の先に~」によると、「テツ(TEDZU)」というのが富士山滑落男のハンドルネームだった。
 47歳。司法浪人生。住所西早稲田。家賃二万五千円。ニコ生配信過疎放送配信者。

「多くの人が熱中する生配信ですが、人気の配信はほんの一部。ほとんどがリスナーがゼロか数人程度しかおらず、“過疎放送”と呼ばれています。」

 前年、ステージ4の直腸癌の告知を受ける。手術は成功して経過観察中。誰の云うことも聞かない、あんまり頭も良くない心優しき孤独な頑固者。番組からはそんなことがわかる。
 47歳についてならよく知ってる。48歳と同じくらいバカバカしい年齢だ。司法浪人生についても少しは知ってる。西早稲田も家賃二万五千円のアパートのことも知ってる。”過疎放送”ってこのブログみたいなものだよね?癌を患ったことはないが、僕もまた、「誰の云うことも聞かない」、「あんまり頭も良くない心優しき頑固者」だ。そんなわけで、この「テツさん」というのはとても他人とは思えない。

 ” 病院からの帰り道、自転車に乗りながらリスナーと会話しています。

リスナー
「雪景色の富士山見たい。」
テツさん
「見たい?雪もう降っているかな。富士山なぁ。」
リスナー
「雪景色の富士山見たい。」
テツさん
「富士山行く?今だったら多分そんなに寒くないんだわ。(気温は)マイナス3とか4でしょ、山頂。だから、パッと行って、パッと帰れば死なずにすむ。そんな寒い思いもしないで。」

5日後の10月28日。
テツさんは、1人富士山に向かいました。

9時。
(ネットへの投稿)
“河口湖駅で乗客いなくなった”
“ビビる”

10時。
“バス酔いで気分悪い”
“もう帰りたい”

10時30分。
富士山に到着すると、テツさんは配信を始めます。

山頂は数日前に初冠雪したばかり。
この時期は、十分な計画や準備無しの登山は禁止されています。
しかし、テツさんはなぜか夏の装備で登っていきました。

テツさん
「(山の上も)電波あるね、結果。」
リスナー
「めちゃくちゃきれいね。」
テツさん
「きれいね。」

午後2時前。
8合目を過ぎたころ、リスナーとこんなやりとりをしています。

リスナー
「自分一人だけで、孤独や恐怖を感じませんか?」
テツさん
「まあ大丈夫よ。東京にいた方が孤独だもん、俺の場合。よし行こう。そろそろ酸素がなくなってくる。風がね、だんだん弱まる予報でね。滑るな、ここ、地味に滑るな。」
リスナー
「ケガしないように。」
テツさん
「了解。」

2時半ごろ、山頂に到着。
リスナーに、頂上からの雪景色をたっぷりと見せます。
さらに歩き出した、その時のことでした。

テツさん
「よし、行こう。ここも危ないね、斜面。滑る。」

(滑落する音)”
ークローズアップ現代より

 番組の中では何人かの人々がテツさんを最後の富士登山に向かわせた理由てついて述べていた。それらは語れば語るほど真実から遠ざかっていく種類の言葉のように思えたけれど、テツさんの死に「真実」などないのかもしれなくて、番組全体は静かな泣き笑いを誘う感動的なものだった。いや、「感動的」なんて云う形容もまた陳腐だな。くだらないな。寺山修司のエッセイだか散文詩だかに、自分の描いた海の絵に身を投げて自死する男の話があった。「なぜ男は冬富士に向かったのか?」の中にいるおずおずした優しい笑顔の男とそれが重なる。そんな淋しい絵があれば是非一枚欲しい、と確か寺山は結んでいた。

 R.I.P.

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Posted by aozame