『1999年のサーフトリップ』第9章

2023年8月23日

<ローカリズム>

ローカリズム(地域主義)とは、地域住民の自発的努力によって、政治や文化において各地方の独自性や自立性を高めようとする考え方をいう。

「ローカリズム」という言葉を検索するとそのように記されている。

 また、こんなのもある。

 ローカリズムとは……自分たちの生きている地域の関係を大事にし、つまり、そこに生きる人間たちとの関係を大事にし、そこの自然との関係を大事にしながら、グローバル化する市場経済に振り回されない生き方をするということです。ローカリズムというのは、小さい単位の共同体、共同の世界を「われらが世界」としてつくり……世界を変えていく、そういう動きです。(内山節―哲学者)

「ローカル」という言葉を知ったのは小学生の頃だった。漫画「じゃりン子チエ」の中で喧嘩自慢の猫たちが確かこんな会話を交わすのだった。

「お前もこの際ローカルから一気に全国目指せばええやないか」と年嵩の方が言う。

「ああっ!?ローカルって、お前やっぱりわしのこと田舎もんやとバカにしとんのやろ」と若い方の猫が言う。

「そんなことないよ」

「じゃりン子チエ」というのは1978年から1997年まで青年誌で連載された大阪のホルモン屋を舞台にした漫画だ。かの井上ひさし氏が、かの朝日新聞の文芸時評で、

「見晴らしよい叙事詩。徹底的な大阪弁と登場人物が常用する独白に笑わされ、大人より子どもが大人らしく、猫が人間よりも人間らしく、猫の目のように移りかわる視点が物語世界に奥行きを与えているこの作品は近来、出色の通俗・大衆・娯楽・滑稽小説のひとつと言い得よう」

なんて口走ったことで、当時「ドラえもん」にすら迫る国民的人気を誇るに至った漫画である。この漫画の中で「ローカル」という言葉は明らかにネガティブな意味で使われている。都会に対する田舎、小さくて狭い場所から出てもっと広い世界を目指そうぜ。酸いも甘いも嚙分けた年嵩の猫、小鉄のセリフにはそんなニュアンスが感じられる。思えば「じゃりン子チエ」そのものが大阪ローカルを描いてそれを日本全国に知らしめたような漫画だった。少なくとも80年代、大半の日本人の中で「ローカル」という言葉は、「田舎」または「地方」と同義かそれに毛の生えた程度の意味しか持ち合わせていなかった。そして、その言葉の使い方は間違っている。

言うまでもなく「ローカル」の反対は「グローバル」である。「city」でも「urban」でもない。だから、そこに人間がどれだけいるかは「ローカリズム」とまるで関係がない。証拠ってわけじゃないが、大都会東京にも「ローカル」がいて、ごく当たり前に「ローカリズム」がある。

東京は嫌いやね。二度と住みたくない。できれば行きたくもない。だけど、十数年いたから感想のようなものならある。俺の感想では、東京というのは小さな村の巨大な集まりだ。

例えば高円寺。下北沢でも六本木でもいい。新宿なら歌舞伎町、二丁目、西口。霞が関、永田町。どれも強力な個性を放つ一つの町として完結している。その個性に惹き寄せられて、それとも単に職場がそこにあるからという理由で人々はやってきては街をうろつき、通い、ある者はそこに住み着く。なにもそんなにアクの強い場所である必要はない。俺の住んでいた阿佐ヶ谷だって穏やかな住宅地ながら明確な存在感を持つ町だった。職場があった神田神保町にしても、書籍を中心とした出版、印刷、卸、販売とリサイクル、集まる人が食う店や彼らが憩う公園から成り立つ、機能性を持って完結した小さな集落だった。望洋と広がる地方の町と違って、車での移動を前提としない東京の町は小さくまとまりやすい。様々な人間がひっきりなしに出入りしていると町の個性はむしろ次第に明確になってくるものなのかもしれない。「ローカリズム(地域主義)とは、地域住民の自発的努力によって、政治や文化において各地方の独自性や自立性を高めようとする考え方をいう。」のなら、東京はローカリズムのひしめき合う坩堝以外の何物でもなかった。

しかしまあ、どうだっていいやね。東京のローカリズムのことなんかさ。

 昨今の「ローカリズム」は、都市部への過度な人口集中と過疎化の波にさらされた地方との地域格差、それによって引き起こされる都市の災害リスクや地域経済の破綻といった社会問題の解決策として謳われる地域創生という文脈の中で登場することが多い。2014年に安倍内閣が日本全体の活力向上を目指す看板政策として「地方創生」を掲げて以来、官民挙げての様々な取り組みがなされてきたらしいが、コロナ禍を経てなお地方経済は相変わらず疲弊したまま。人々は2023年現在もやはり都会を目指す。たぶん、仕事や可能性や自由を求めて。人を求めて。

しかし、サーファーはその限りではない。

 ローカリズム。

もしあなたがサーファーだったなら、この言葉を聞いてすぐ心に浮かぶ出来事や思いがあるはずだ。それはたぶんどちらかと言えば不愉快な思い出であることだろう。サーフィン世界においてローカリズムはパドリングの基本技術と同じくらい、初心者が最初に直面する困難であり、ベテランと呼ばれるような古参サーファーになったとしても最後まで付きまとうテーマである。

サーフィン世界の一風変わったローカリズムを理解しようと思ったら、まず波というものについて知っておかねばならない。いや、なにも物理学や海洋学的知識を開陳しようってわけじゃないです。とりあえずこの動画を観てみて下さい。

 マナー違反をしたサーファーがローカルと思しきサーファーにぶん殴られている動画である。彼のどこが悪いのか?途中から波に乗ってきたこと。言わば割り込みだ。これをやると怒られる。海上に並んで波待ちしているサーファーが相当数いる中で、あろうことか途中の岩場から波に飛び込む。動画の男の行為はあからさま過ぎて叩き出されても仕方がないのだが、なぜそのようなマナー違反が存在するのか?なぜ一つの波にみんなで仲良く乗ることができないのか?というのはサーフィンに興味のない人間にとってはいまいち腑に落ち兼ねる疑問じゃなかろうか。

俺はサーフィンを始めるまでは波のことなどよく考えたことがなかった。一本の長~いウネリがどこか遠いところから遥々やってきた挙句岸辺で一遍に崩れるのだと漠然と思っていた。だから波の幅だけのスペースで皆がワ~イと一斉に波乗りを楽しめるのだと、そう思っていた。だってビーチボーイズのPVのカリフォルニア・ガールズも、若大将だってそういう風にサーフィンをしていたから。しかしながら、一本の波には一人しか乗れないというのが実は波乗りの基本原則なのである。というのも、波というのは、サーフィンができるような波というのは決して一遍に崩れ落ちるものではなくて、山のように頂点があり、そこから徐々に割れて行くもので、その頂点に一番近い者、もしくは頂点に一番早く到達し、波の上に立ち上がった者がその波に乗る権利を得る。硬く尖ったボードを操るサーファーが一つの波に複数人乗るのは危険なのだ。いきおい、サーフィンは波の取り合いになる。波も海原も本来、ネイティブ・アメリカンがバッファローを追いかけていた頃の荒野と同じように誰の物でもないことは言うまでもない。サーフィン世界のトラブルもドラマもすべてこの「One man, one wave」の原則から始まるのだと俺は思う。

ある地域のサーフ・ポイントに通う人たちがいて、彼らを「ローカル」と呼ぶ。ローカル・サーファーは必ずしも土地の人間ではないが、週の間に一度や二度、それとも波の状態によれば三度も四度もポイントに足を運ぶとなるとそう遠くにいるわけにもいかない。多くは周辺の車で一、二時間の所で生活を営んでいる。職業は様々だ。知っているかぎりで挙げるなら、公務員、会社員、大学教員、農協職員、シイタケ農家、漁師、木こり、三助、英会話教師(キャプテン・メモハブのことだ)、ホテルの料理人、美容師、ラーメン屋、学生、坊さん、ヤクザ、植木屋、土木作業員。仕事も性格もサーフィンに対する熱量も力量も様々な人たちが地元のサーフショップを中心にして緩やかなコミュニティを作り、彼らが「ローカル」の核になっていく。そんなサーフ・コミュニティには属さなくても、海に行けばいつでもプカプカ浮かんでいる一匹狼的なオジサンやオネエサンもいる。彼らもやはり「ローカル」である。

「強い奴、弱い奴、

面白い奴、馬鹿な奴、

色んな奴が集って―

  浪人街の白壁にいろはにほへとと書きました」

昔々の映画のこんな言葉が思い出されるけれど、そんなのはきっと俺だけだ。

 ローカル・サーファーたちが求めているのはもちろん波だ。サーフィンができるような波がいつでもどこにでもあるものでないのなら、彼らは自分たちのサーフィンを続けられる海と環境を守ろうとする。ローカル・サーファーというのはそういう意味では元来保守的な人々である。ローカル・サーファーの保守性がどのように発現されるか。

主に二つ。

一つはビーチの清掃。自分たちの遊び場を清潔に保つというのはごく自然な個人の気持の現れであるだろう。社会的な面でも、サーファーしか出没しないような海岸の周辺に人間からしか出ないようなゴミが散らかっていたらそれは自動的に集団としてのサーファーのゴミだ。少なくとも関係ない周辺住民や社会はそう考える。そんな疑いの目は速やかに摘んでしまうに越したことはない。

二つめはよそ者の排除。正確には不届きなよそ者の排除。先の動画に観るように、暗黙のルール、マナーを守らなかったよそ者をできる限り叩き出す。理由はサーファーたちの安全を守ることだし、ひいてはそれがポイント全体の保全に繋がる。自分たちが出入りするポイントで見知らぬサーファーに死なれて全国ニュースで流されたりされては困るのだ。行政の手にかかったら、そもそもが遊泳禁止であるような海からサーファーたちを締め出すことなど洗濯物をたたむより簡単なことなのだから。しかしこれはいわゆる理屈の類だ。サーファーたちは様々だ。排除する方にもされる方にも「強い奴、弱い奴、面白い奴、馬鹿な奴、色んな奴」がいるのである。叩き出されるならまだしも、それはないやろ、と思わせるような陰湿な嫌がらせをするローカルもいれば、乱暴なローカルを返り討ちにするさらに乱暴なビジター・サーファーもいる。理不尽で醜い諍いもしばしば起こる。

「ローカリズムなんて存在しない」

山口エリアのローカル・サーファーである我が師キャプテン・メモハブはいつだったかそう言った。また、こんなことも同時に言った。

「生意気なビジターを追い出すってのを自分でやっときながらそれを正当化する理屈が俺には見つからんよ。だって結局俺は自分が良い波にできるだけ沢山乗りたいだけだから」

 水中戦では今のところ負けなしのキャプテン・メモハブは世に稀な正直で聡明な人間だからそんな告白もするのだが、サーフィン世界のローカリズムはほぼ同じ形をして世界中のどこのポイントでも見られる。つまり、サーフィンのローカリズムはグローバリズムをもあらかじめ内包していると言える。当人たちがどう思っているかはともかくとして。

 そこで動画をもう二つ。

 『白鯨』のエイハブ船長が言うまでもなく海は剣呑な場所だ。その最も端の波打ち際でさえこの有様だから、そこで遊ぼうと思ったら、体力なり知識、それともその場所を知った誰かの指南が必要なのだ。そのようにしてローカル・サーファーたちは自分たちのポイントを自分たちなりに守ってきた。

 同じように海を縄張りにし、それを守るという点でサーファーと漁師は共通するところがある。気性の荒い連中がたくさんいるのも似てる。違うのはサーフィンには金が絡まないこと。漁師と違ってサーファーは言ってみれば、誰の物でもない海でただ自分たちだけで遊んでいる存在だ。遠出をしても車で寝泊まりするし、できるだけ高速も使わない。下手をすると食事も自炊で済ませてしまう。海の釣り人たちと比べても、社会的経済活動から一層離れている。この金を使いもせず使わせもしないという経済的透明人間性がサーファーたちの弱みと強みであり、サーフィンのローカリズムの源なのだろうと俺は思う。

 ローカリズムがグローバリズムと金で手を繋いだ時に起こる有様は目を凝らせばいくつも見つけることができる。

 パンク。

NHKの「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」の中で作家はこんなことを言う。

「人々の注目はパンクに集まりましたが、多くの人はその珍しさに目を奪われただけでした。元々社会の片隅で自然発生したカルチャーがやがて商業化され、乗っ取られてゆくのです。イングランド北部で数百人規模から始まった顔見知りの仲間が愛と熱意で支えていたものが、メディアがパンクについての記事を出し始め、流行が全国規模になった途端、誰もがパンクの恰好をし始めたのです。若者の閉塞感から噴出したパンクカルチャーの体制への反発は産業化されあっという間に空虚な商品となっていきました」

 最近こんなニュースもあった。

https://louishotaka.com/edomasa/

「もし自身が運営する江戸政で食中毒を出したら閉店する。は大きな間違いで、この時代だから生タタキは辞めるという決断が必要だったにも関わらず未だに出していた事に問題があります。<略>この先食中毒を出してしまったら生食文化にも影響を及ぼす可能性があるので江戸政を閉店しました」

食中毒を出してしまったら生食文化(南九州の鶏文化等「※俺注」)にも…、というところにこの店主の「ローカリズム」に対する深い理解を感じます。

 また、甲子園大会の各県代表球児の大半が今や特待生として入学した他県出身者であるとか、大々的に催された福岡ソフトバンクホークスのプロ野球開幕セレモニー直後の始球式を「なにわ男子」が務める、なんて言うのも何か別の力学がローカリズムを踏みにじる行為だと俺は思うのである。

 以下のふたつは文脈に収まらなかった参考資料です。面白かったのでそのまま転載します。

「ナショナルな契機となるローカルなスポーツ活動 : 清水市におけるサッカーの普及過程

金 明美

本稿は、戦前の学校や徴兵などによる国民化の過程を通して民衆に身体化されていった国民意識が、戦後どのように維持または変形されてきたのか、現在では庶民生活に身近となっているスポーツの普及過程を通して、そのメカニズムについて考察することを目的とする。ここでは、ローカリズムとナショナリズムの関係に注目する観点から、具体的な事例として、「サッカーのまち」として知られ、戦後日本でいち早く地域的にサッカーの大衆化を経験した清水市におけるサッカーの普及過程を取り上げ、ローカルな場における人々の身体がどのようにナショナルな枠組みに方向づけられていったのか、そこに働く構造化の仕組みについて記述・分析する。これによって、「サッカーのまち」へとローカル・イメージが変化する過程も含め、清水市のサッカー普及過程には、ローカル・アイデンティティの再形成とともに国民意識の身体化が進行するという、ナショナリズムとローカリズムの相互浸透の過程が表象されていることが明らかにされる。「サッカーのまち清水」という一見地域特殊的に見える現象が、いかにナショナルな次元と関係しているかを検証することにより、国民意識の身体化についての人類学的研究が、ナショナリズム研究に貢献できる一つの方向性を提示する。」

「(日本という)東アジアモンスーン地帯で暮らしてきた人々は東アジアモンスーン地帯の自然との関わりのなかで生き、それが基層的思想をつくりだしていったと書いています」

 和辻哲郎の名著『風土』を紹介しながら哲学者の内山節さんが「ローカリズム」について解説しています。

 <ローカリズムとは……自分たちの生きている地域の関係を大事にし、つまり、そこに生きる人間たちとの関係を大事にし、そこの自然との関係を大事にしながら、グローバル化する市場経済に振り回されない生き方をするということです>

 また<ローカリズムというのは、小さい単位の共同体、共同の世界を「われらが世界」としてつくり……世界を変えていく、そういう動きです>と。

 既成政党を批判し、「わが国の忘れられた人々は、もう忘れられることはない」(トランプ氏)と唱えられればポピュリズム(人気取り政治)の土壌ができあがります。反グローバリズムとともにポピュリズムへの流れは民主主義や公正で持続可能な社会が地平線の向こうに退いてしまう懸念があります。

 そうした状況にあって(だからこそ)地域に民主主義を確立させ、真の地方創生を招き寄せる道を歩みたいものです。地方経済を復活させ、さらには地方自治を確立させる動きとしてローカリズムを私たちの基盤にするべきなのではないでしょうか。

 地方が東京一極集中によって置き去りにされることなく、「地域の関係、人や自然との関係」を大切にして、キラリと光る地域にするためにもローカリズムは考え直したい「哲学」だと思うのです。

(代表取締役 本多亮)

 サーフィンのローカリズムにはグローバル経済を超えて行くヒントがある。俺はそう思う。答えはまだないけれど。

 耳を澄ますと今日もどこかでローカル・サーファーがこう叫ぶ声が聴こえる。

「どけどけ~!そいつはワシの波じゃ~!!」

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Posted by aozame