” the boxer “

2019年7月15日

 そんなに好きじゃないのに何年かに一度サイモンアンドガーファンクルのマイブームがくる。四、五日聴いてると歌詞もサウンドも不思議なくらい偽善的で安っぽく思えてくるので聴かなくなる。そしてまた何年か経つとふと聴きたくなるのである。
 例えば、ビートルズもストーンズも大好きだけど、もうずっとまともに聴いてない。zeppelin も king crimson ももう聴かない。ディープパープルと acdc は youtube で数曲聴くことはある。そういえば、機会があってパープルのライブはついこの間観たんだった。面白かった。でも、リッチーとジョンロードを欠いて生きのびた三人はごく普通のオジさんにしか見えなかったな。otis redding は車でしか聴かないし、レッチリも nirvana ももう聴かない。def lepard と iron maiden は今でも良く聴く(笑)。新しいの? the strokes くらいで止まってる。そう考えてみると僕にとってサイモンたちのような存在は珍しい。

 “sound of silence” とか ”bridge over troubled water” なんかよりは ”mrs. robinson” とか ”april come she will” みたいなささやかな唄が好きで、一番好きなのは ”the boxer”。最初にラジオで聴いた時から好きだった。タイトルを知って驚いたのを覚えてる。なんて云うか、ボクサーについて歌っているようにはまったく聴こえない曲だったから。一応改めて歌詞を読んでみたが、断片的に耳に着く単語から想像していた通り意味のよくわからない、長い俳句を聞かされているような感じのする唄だった。
 中年にさしかかったと思しき男が己の不遇な人生を語る体で歌は始まる。その男は若い頃に故郷を出て都会へやってくる。理由はよく分からない。職と寝ぐらを転々とし、時には女を買い、今NYにあって孤独をかこち故郷を思っている。そこに the boxer が何かの啓示のように唐突に現れる。ただ現れる。ボクサーはそのグローブにすべて記憶する。彼が怒りと恥辱の中でこう叫ぶまで彼を打ちのめした者、切り裂いた者達を。

 ” i am leaving, i am leaving “, but the fighter still remains

 と ”the boxer “ は終わる。
 こういう唄は聴こえてくる断片だけを集めて勝手に自分で物語を作り上げながら聴くのが僕は好きだ。

 僕のボクサーの物語ならこんな感じだ。
 出身は日本のボクシング王国の一つである宮崎。高校のクラブ活動でボクシングを初めた。三年生の時に学校を辞めて、福岡に出てきてプロになった。高校を辞めてまでプロ転向を急ぐほどのボクサーではなかった筈だから、辞めたのは別に理由があったのだろう。何か奴にしかわからないようなダンディズムの表現だったのかもしれない。ともかく奴は十八歳でプロボクサーになった。成績はパッとしなかった。弱くはなかったが強くもなかった。アルコールは一滴も飲めず、腸が弱いのでたまに外食をすると必ず下痢をした。この世でボクシングと漫画と the mods だけが好きだった。他人に興味がないから友達もいなかった。夕方まで働いてからジムで練習するという繰り返しが奴の青春の日々だった。コンビニ、カラオケボックス、ポスティング、福岡の町でそんな仕事をいくつかやってボクシングを辞めた時はホテルの守衛だった。因みにそこが僕たちの知りあった場所だ。正確には守衛兼駐車係。プロになってから三年目に出場した新人王トーナメントで西日本地区の準決勝まで進んだのが奴のボクサーとしてのピークで、生涯戦績は21戦10勝10敗1引分け。
 そのホテルは我々のような独り者の低所得労働者にとっては給料も悪くはなくて、家庭的と云ってもいいような良い職場だったが、親会社だった地元大手スーパーチェーン企業が倒産してオーナーがアメリカの投資会社に代わり、そのタイミングで僕たちは部署ごとリストラされた。居心地が良かったからか単に気が合ったからか、そこの職場の連中とは今でもたまに会う。
 元ボクサーはその後ずっとコンビニで働いてた。職場を代えてもローソンでもセブンでもなく常にファミリーマート。もう新しいことはやりたくなかったらしい。唯一新しいことと云えば、いくつ目かのファミリーマートで働いている時に始めた株式投資。意外な才能が開花したと云うかなんと云うか筋が良かったようで、大金を儲けるわけではないものの着実に元手を増やしていった。細々とながら株の上がりで生活できるような日々が数年続くと、シフトに平気で穴を開ける自由奔放な外国人たちをまとめながらコンビニの店員をしていることがバカバカしくなって働くことも辞めてしまった。
 極端に人見知りで拘りが強い上に金もなかったから女にはもてなかった。しかしそれでも恋愛のようなことはあった。その何度目かの恋愛がボクサーの中で何かを終わらせた(この「終わらせた」というのはボクサー本人の言葉である)。一体に人の恋愛事情は謎である。それらはいつもあまりに独特で訳がわからず絵にもならない。TVドラマも映画も嘘ばかりで何の参考にもならない。だからその手の相談を持ちかけられても云うことが思いつかない。ボクサーの恋に関しては、出会い系サイトから始まる恋もあるのだという考えたらあたりまえのことを知って驚いたのと、女を連れ込むならこの黴と埃だらけの部屋をどうにかしろよという感想しかなかった。何しろそれはもう終わってしまったのだ。ボクサーの中の「何か」と共に。
 それ以来ボクサーはいつ会っても機嫌が悪かった。周りの人間の云うこと成すこと気に入らない風だった。しかし、金持ちにはなった。例のビットコインで大勝負に出たのである。その頃仮想通貨やブロックチェーンシステムについて珍しく熱く語っていたのをなんとなく覚えている。何のことやら僕にはさっぱり意味が分からなかった。ボクサーは相当な金を手にした。「相当な」と云うのがどの程度かはここでは触れない。と云うか知らない(笑)。そしてボクサーは大金を握りしめ、たいしていい事もなく優しくもなかったこの町を捨てて真実の愛を探す旅に出たのである。あるいは、ハワイに豪邸を建てて酒池肉林に耽った挙句身を持ち崩した。なんて云いたいところだがそれは違う。ボクサーはそのまま埃だらけの六畳に留まって株式投資を続けた。ボクサーが福岡を引上げて故郷に帰って行ったのは平成が終わる去年の暮れのことである。その前の半年くらいは体調も芳しくなく時折パニック発作に見舞われたりして往生していたようで、もう一人では暮らせないと観念したらしい。
「あんな部屋に籠ってチマチマ株とかやってるからだよ…」と僕はボクサーに云った。
「まあ、いいよ。もう福岡ですることもないし」とボクサーは云う。「それにここは寒いし」
 大量の漫画とCDをブックオフで処分したボクサーはこうも云った。
「こいつらが俺をこういう人間にしたんだよ。もうどうでもいいけど」
 そのセリフはまるで現代詩のように意味深に響いたので僕はそれ以上何も訊かなかった。
 実家に引きこもって個人投資家として生きていくのだそうだ。どこまでも優しいボクサーの両親は、道を見失った息子を決して見捨てない。彼らは宮崎市郊外の閑静な住宅地の一軒家に住み、いつだって出来の悪い息子の帰りを待っていた。地元地銀を定年退職した父親は趣味の油絵を嗜みながら時折孫の世話をする。母親の料理の腕はプロ並みで、自分で作ったお菓子をネットで販売して客も付くほどだ。そんな家にボクサーは帰って行く。頑張れとも何とも云いようがない。自分の人生に何の価値も感じない。人間という生物がとても好きになれない。勿論神も仏も信じない。金儲け以外にすることが思いつかないよ、とボクサーは云う。そんな奴に掛ける言葉なんかない。向こうだって僕になど何も云われたくないだろう。だってこのボクサーはあるいは、「人が生きるのに目標が必要なのか?」「人は幸せにならなければならないのか?」「ただ生きてるだけじゃダメなのか?」というアンチテーゼを提出しているのかもしれないのだから。
 しかしまあいいじゃないか。少なくとも金はあるのだから。
 一抹の淋しさだけを残してボクサーは去って行った。

 ディランやスプリングスティーンの歌に登場する人々ははっきりとした輪郭を持っていて、その哀しみや喜びは深くエッジも鋭くて聴く者に有無を云わせない。彼ら偉大なミュージシャンが奇跡のように描き出すブルースもロックも感動的ではあるが、彼らが歌う市井の人々の姿は僕たちとは似ても似つかない。そいつらは、シューベルトの「羊飼いの嘆きの歌」や西野カナの「トリセツ」の主人公と同じくらい僕たちとは関係がない。僕たちはシェリフを撃ったりしないし、幼い息子を警官に殺されることもない。それと比べるとサイモンアンドガーファンクルの “the boxer” は、その分かるようで分からない歌詞の在り方も含めて、何と闘っているのかすら分からなかったようなボクサーや僕にもどこかしっくりと馴染むような気がするのである。
 お互い会ってもハッピーには笑えないかもしれない。でもまあ、いつかまた会おうや the boxer。

 それではお聴き下さい。サイモンアンドガーファンクルで
 
“the boxer “

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Posted by aozame