絶滅について

 中学の歴史の教科書の巻頭に「人類の進化の歴史」と銘打って載せられていたあの絵はいまもやっぱり変わらず教科書にあるんだろうか?
 一番左の猿が「アウストラロピテクス」で一番右の猿が「ホモ・サピエンス」だった。その間は左から「北京原人」、「ジャワ原人」、「ネアンデルタール人」、「クロマニヨン人」の順だったように思うが自信ない。何も考えずただ中間試験のためだけに彼らの名前を覚えてテストで○をもらうとわたしは当然のことのように彼らが人類の祖先なんだと思いこんだまま、あとはそう思ったことも忘れてしまった。だから大学生になって友人からジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』を薦められて読んだ時(実際あの頃は人に本を薦める学生がまだやたらと生存していた)、控え目に云って驚いた。話は面白かったが、それよりもあの「ネアンデルタール人」をはじめ記憶の中の猿人たちはどれ一つとして我々の祖先なんかじゃない、進化の過程で絶滅していった者たちであるという事実に思い当たって驚いた。ついでにその重大な事実について教えてくれなかった社会の先生のやる気のなさにも驚いた(ひょっとして単にわたしが聞いてなかっただけだったら先生ごめんなさい)。でもたぶんそこ一番面白いところでしょう、先生?

 ダイヤモンド社の『わけあって絶滅しました』という本は2018年に出版されて現在までに3冊のシリーズ本が出ている。子供向けに作ってあるから大人が読むといささか物足りないが面白い。値段を上げて普通の図鑑の体で大人向けも作って欲しい。
『わけあって絶滅しました』の中にはちょうど「ネアンデルタール人」の項があって、そこには絶滅理由として「ヒトよりも筋肉質で力が強く、脳のサイズも大きかったが、想像力に欠けた。みんなでひとつの神を想像して群の結束を固めたヒトに比べ、家族単位の小さな集団しか作れなかったから数の力で負けた(という説もある)」てなことが書いてあった。ふ~ん。確か『星を継ぐもの』に出てくるコリエルという人物はネアンデルタール人の祖先という設定で、登場人物の中でもピカ一強くカッコいいキャラクターだった。なるほど「ヒトよりも筋肉質で力が強く、脳のサイズも大きかった」から個体の生命力があらかじめ強く、神も群も必要としない誇り高き種族だったのかもしれない。でもまあ、絶滅しちゃあしょうがないやね。とも思うし、しかし、いや、生き延びりゃあそれでいいってもんでもなかろう、とも考えられるのである。

 絶滅するのが動植物だけじゃないということは京極夏彦先生が教えてくれた。
 化物妖怪の類も絶滅する。実態のない彼らの場合、人間に忘れられた時がすなわち絶滅の時である。先生によると、江戸時代にはすでに絶滅の危機に瀕した妖怪が多数確認されており、それらは名前だけしか伝わっていなかったりするのだそうだ。現代は言うに及ばずである。
 例えば「河童」なら、わたしの知人が少年の時分に近所の池に住んでいるのを目撃して観察日記を付けていたりもするからたぶんまだ生きてる。先生の処女作『姑獲鳥の夏』の主役「姑獲鳥(うぶめ)」はもう難しい。これは「お産で亡くなった女たちの無念」という感情が凝った妖怪だと言う。通常は血染めの腰巻を纏った姿で現れて、腕に子供を抱いているらしい。出産で亡くなる女性が存在する以上、現れてくれてもまったく不思議はないが、それを「姑獲鳥」だと認識できるかどうかは我々にかかっている。少なくともわたしには自信がない。
 わたしの連れ合いには霊感らしきものがあって、この手の話を振ると時に渋々、あるいは忌まわしそうに、稀に喜んで自分の体験譚を話してくれる。その中に「女子高校生街角に佇む異形の男と遭遇す」という話がある。高校生だった彼女が遭遇したその「モノ」についての話は喜んで話してくれる。なぜならその「モノ」は全然怖くなかったから。学校帰りの街角でそれは薄汚れたオッさんの姿をして佇んでいた。阿呆のように口をだらしなく開けたオッさんは雨も降ってないのに傘をさし、その下顎は丁度腹の辺りまで垂れ下がっていた。通りを歩く人々は誰もその「モノ」に関心がない。気づいてない。ように彼女には見えた。帰ってから母親にその話をしたら何故かえらく叱られた。変態だと思ったのかもしれない。彼女はそれが妖怪だったんじゃないかと言う。その時はただ不思議に思っただけだったが、今ではそう確信しているようである。わたしもそれが絶滅した妖怪の類である可能性はあると思っている。いや、マジで。下顎が腹まで落ちる病気があるとも思えないし、まさか何かのパフォーマンスでもなかろうじゃないか。
 妖怪とは何か?というのはあまりにも膨大な問いなのでわたしにはとても歯が立たない。しかしそれはある種の現象や、出来事、うっかり言葉にしてしまうと逃げて行ってしまうような種類の「思い」をその存在の一部に含むことに間違いはないように思う。「現象」とか「思い」みたいなものも絶滅するのだ、と言われてそれは新鮮な驚きだった。

 それなら、妖怪ではなくても我が半世紀足らずの人生の中で、あれは絶滅したんじゃないかと疑われるものが幾つかある。
 ネッシー。イエティ。ツチノコ。川口浩隊長が追っていた類の不思議生物。彼らはかつて確かにわたしの心の中で微かな期待とともに存在していた。わたしだけではなく、あまねく人々の心に存在したと思う。しかし今は死に絶えた。残念だけど。宇宙人なんかはまだ居ますね。トイレの花子さんもまだ居る。
 個人的になら、オンボロラジカセから雑音混じりで聴こえてくる言葉や音楽に接するトキメキ。本屋や楽器屋に漂う神々しい空気を感知する心。寝起きにとりあえず一服タバコに火を点けた時の「無」のような「空」のような虚ろな気持。鏡に映る我が野生を司る「虎の目」。いや、そんなものは初めからなかった。
 あなたの中で絶滅したものは何ですか?夢とか?希望とか?

補記:
「イエティ(雪男)」の足跡を発見した――。ヒマラヤ山脈に隠れ住むとされる謎の動物「イエティ」の足跡を見つけたとインド軍がこのほどツイートし、ネット上で話題になっている。
 インド軍はツイッターで「インド軍の山岳遠征隊は初めて、神話上の動物である『イエティ』の謎めいた足跡を見つけた」と、3枚の画像とともに投稿した。投稿によると、足跡は、エベレストの東方に位置し、高さ8千メートルを超えるマカルー山のベースキャンプ近くで4月9日に見つかった。大きさは縦約81センチ、横約38センチ。過去にも、マカルー山のあるマカルー・バルン国立公園で目撃されたことがあるという。

2019年5月1日 16時30分 朝日新聞デジタル

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Posted by aozame