ザ・ガードマン・ブルース

2022年6月22日

 二十数年前、就職活動というやつをしなかったわたしが大学を卒業して初めてした仕事がガードマンだった。理由は手っ取り早く稼げて、しかも誰でも雇ってくれるから。わたしは背が高くて、意味もなく戦闘的な顔をしていた。言葉遣いも荒かった。東京では。だって東京の人ってみんなナヨ〜っとした話し方するじゃないですかぁ。自分では分からなかったが、たぶん投げ槍でぞんざいな話し方が眼に余る若者だったのだと思う。だから、接客の仕事には学生時分から一切採用されなかった。近所のコンビニの入口に貼付けてある求人に応募して断られた経験は何も一度や二度じゃない。そんなわけでガードマンである。
 高円寺の神社の境内で新任教育を受けた。仕事内容はほとんど立っているだけのものだったりするから概してバカバカしい。何より、自分がどんなに頑張っても現場作業工程にはなんの変化もない所が悩ましかった。一日中立っているのも、車両誘導でドラバーに暴言を吐かれるのも、やたらと重い安全靴もキツかったがすぐに慣れた。五百円で買ったハンディ版東京地図を手に都内のあらゆる現場に行った。東京というのは途方もなく広い町だったが、自転車と鉄道を合わせて攻略すれば大抵の場所には一時間あれば行けることを知った。ポイントは電車は乗り継がずに一本だけに納めて使うことだ。現場に通じる駅までは多少遠くても自転車で行くのだ。それと面白い地名が東京にたくさんあることもその時知りました。
 ガードマンという奴は誰でもなれるから(自己破産者はダメ)まあ色々な人間が集まる。「強い奴に弱い奴、太い奴に細い奴、ずるいやつや優しいの、面白いのや哀しいのが集って、浪人街の白壁に『いろはにほへと』と書きました」(『浪人街』マキノ正博)ってなセリフが浮かんでくる仕事でした。
 4か月休まず働いて60万円貯めて辞めた。その金で半年ほど海外をブラブラ歩いて周った。

 ところで、ガードマンについて書かれた本は業界専門書を除けば世界に2冊か3冊くらいしかなくて、その内の貴重な一冊が今手元にある。柏耕一著『交通誘導員ヨレヨレ日記』という本です。この本は誠実な著者が誠実な思いと財政的事情から、ご自分の人生のあらゆる経験を駆使して誠実に警備業の実態を筆にした誠実な作品である。著者はインテリの端くれとして、自身が携わる警備員という職業を通して社会的な問題提起ができる予感を感じながらこの本を書いている、とわたしは思う。しかし、それが充分に叶わないのは警備員という職業のメリハリなさと中途半端な世間的地位の故だろう。面白いです。これはブルースやね。

 わたしは福岡に帰ってきてからも仕事を変わる狭間でたびたびガードマンをした。福岡というのは自転車で一時間走ったら端から端まで行かれるような小さい町だから、今も車でどこかへ出かけると、工事現場の端に立つかつての仲間を見かけることがよくある。話すことなんてない。ああ、あいつがいるな、少し痩せたな、相変わらず糸島から南区まで自転車できてるのかよ!?とか、あの年寄りはまだ生きてるんか。とか、あいつまだ借金あるんかな。とか心で思ってすぐに忘れる。ガードマンをするたびに思ったのは、例えいつか自分がイーロン・マスクみたいな金持ちになったとして、自分が何か世の中に必要な偉い人間になったなんて勘違いすることがあったなら、この仕事に戻って自分を見つめよう、ということだった。しかし、今回わたしがまたもやガードマンをすることになったのは、やはり金がなかったからだった(笑)
 施設警備員は初めてだ。やはり色々な人がいてカラフルであるのに違いはない。
 先輩の川崎さんは元自衛隊員である。商業施設であるこのビルは実に様々な人間が出入りする。わたしの教育係の川崎さんは守衛室でこんなことを言っていた。
「いやぁ〜、ここの従業員はさ、変なの多いんよ。右利きなのに左手で署名するんよね」
「そいつは左利きなだけでしょ」とわたし。
「いや、利き手で書いてる割りには字が下手過ぎる」
「字が下手なだけでしょ」
「いや、あいつら右利きのくせにわざと左で書いて俺をからかってるんだよ。左利きがあんなにおるわけないやろ?』
「……、そんなことする意味がわかりません」
 左利きが思ったより、思ったよりかなり存在するというのがこの数カ月の発見だ。
 そういえば、ネットニュースを見ていると右寄りの人間も同じくらい思いの外存在するのだな、というのもこの数カ月の発見なのだった。

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Posted by aozame