アリソンベイカーについて

2022年6月22日

随分前死ぬほど暇だった時に英語の勉強でもしようかと思って相模原の図書館で「The O. Henry Prize Stories」と云うやつを借りて頑張って読んだことがある。当時住んでいた神奈川県の相模原市というのは、だだっ広い関東平野の端っこの方にあって、むかし陸軍の病院やら士官学校やらがあった軍事都市に現在は起伏も趣も刺激もない新しい住宅地がダラダラ続くだけの殺風景な町で、PCもスマホも車もなかった当時勉強するには最適な場所だった。図書館はこじんまりとして感じが良かった。「ドカベン」とか「まんが道」とか「キャンディキャンディ」とか借りて読んだなあ。まあそれはいいや。その「The O. Henry Prize Stories」が1994年版で、その年の最優秀賞受賞作品がアリソン・ベイカーという人の「better be ready bout half past eight」という作品だった。面白かった。とんでもなく面白かったのでコンビニでコピーしてとっておいたほどだ。

英語版ウィキペディアを見てもアリソン・ベイカーについての記述はあまりない。
1953年にペンシルバニア州で生まれたアメリカン・ショート・ストーリー・ライターで、インディアナ州立大学で図書館学の修士号を取得したのち「medical librarian」医学図書館員(こんな職業があるんですな)をしていた(らしい)。1993年から現在までの間に3冊の本が出版されている。ちなみに一番新しいのは「Happy Hour」というやつで2014年出版。寡作である。文学賞受賞歴が6回。日本では処女作品集の「How I Came West, and Why I Stayed」からタイトル・チューンが1作、岸本佐知子さん訳編のアンソロジー「変愛小説集2」講談社に訳出されているのみである。その「私が西部にやってきて、そこの住人になったわけ」はモンタナの山の中に生息するという伝説のチアリーダーを主人公が探しに行く様子を西部劇風のテイストで書いた、まあヘンテコな話だ。
アメリカ人の知人に彼女の本を薦めたことがあって、その時のやつの反応はこんなのは読むに耐えないというものだった。どこがそんなにやつの勘に触ったのか不明である。そいつは、そんなのを読むくらいならこれを読めと云ってブコウスキーの paperback をくれた。どっちもどっちだと俺は思うんだけど、英文の機微までわからんからそんなこともあるんだなとだけ思った。そういえばやつはこんなことも云ってたな。曰く、「ハルキムラカミの訳は ray carver にはまるで合ってない」。これも日本人じゃちょっとわからん批評やね。
アリソンベーカーに話を戻す。彼女の作品は文句なく素晴らしい。しかし、今の日本の出版状況を鑑みるに彼女の作品集が出ることはまずない。だから勝手に翻訳した。タイトルの「better be ready bout half past eight」は「The Darktown Strutters’ Ball」というスタンダードブルースの中の一節である。ダンスホールに行く前に迎えに行くから8時半くらいまでには用意をしとかないとバンドの演奏が始まっちまうぜ。というような唄だ。本文にもこの歌詞が出てくる。その他にも唄の歌詞らしきものが散りばめてあるような気がする。ヘンドリックスの「purple haze」だけはわかったがあとはよくわからなかった。どうしても意味がわからなかった部分が数カ所あって、そこは適当に訳した。
この作品は「I’m chaging sex」というセリフで鮮やかに始まる。翻訳したくないほど鮮やかだ。でも訳さないと翻訳にならないから仕方なく訳した。「我輩は猫である」を「I am a cat」とするのはむしろ痛快な感じがするが、「I’m chaging sex」を「性転換することにしたよ」と訳すのはなんだか残念な気がする。翻訳というのは僕にとって全体的に残念な作業だった。原文の方が断然いいし、金にもならず、英語の勉強というには手間暇がかかり過ぎる。もうやらないだろうな。

それでは、暇があったら是非読んでみて。そんなに長くないから。面白いから。

アリソンベーカー著『8時半ごろまでには』

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Posted by aozame